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2010年11月 アーカイブ

茂吉と白秋

斎藤茂吉の場合を見ましょう。


彼は大正11年(1922)万から12年7月までオーストリアに留学し、その間ドイツ、ハンガリー、イタリア等に旅行しています。


時期的には原のそれと重なります。


この間の作品をまとめた歌集『遠遊』の後記には、


「心を凝らして一首一首の錬成をすることが不可能であったから、出来るに従って漫然と書きつけたものが多く、全く歌日記程度のものになってしまった」


しかし・・・


「留学の途にのぼらうとした時、外国の風物に接するにあたっては、歌の表現にもおのつから変化があらねばならぬという予感があった。


また実際に当ってもその心構が常にあったということは、この集が証明している」


・・・と書いています。


「わが心やうやく和み雪つもる独逸のくにを南へくだる」


「見わたしの畑に雪降りかぎりには黒くつづける常緑樹の森」


「酸模の花のほほけし一群も異国ゆゑにあはれとおもふ」


・・・たしかにこうした作品は、主観を直情的に投げ出したような『赤光』の作品(たとえば「天つ雪はだらに降れどさにづらふ心にあらぬ心にはあらぬ」)とは肌合いがちがいます。

茂吉と白秋 2

「雪つもる独逸のくに」の単純化、「南へくだる」の、目新しい国へ踏み入った旅人の心おどりをさながら伝える節調。


「黒くつづける常緑樹の森」の名詞止めの重量感など、作者の精神が外地の風物に触発されて生きいきと躍動する気息をよく伝えています。


「十年に一度のみなる受難劇ひとり旅路のわれ会ひにける」


「基督の一代の劇壮大に果てむとしつつ雷鳴りわたる」


「古城にては「ひよつとこ」の面ひとつ見ついかなる時に渡来しつらむ」


「西瓜、瓜、桃、李、巴旦杏、青唐辛子をも店にならべつ」


前にあげた石原以下の作品が、自分の持つ短歌世界の波長に合わせて歌われているのに対し、ここでは茂吉は、おのれの波長の限界を破ろうとしています。


「ひょっとこ」の歌など、当時の短歌観からすれば、乱暴な方に属するでしょうし、西瓜の歌もそうです。


ヨーロッパの農村に残る(今はほとんど失われたか観光化していますが)受難劇・・・


おそらくそれは、キリスト教以前に伝わった、一年に一度死ぬことによって復活し、翌年の収穫を約束するオリエントの穀物神、タムムズやバールの祭儀の変形したものでしょうが、たまたまその場面に出会った東方の一旅行者の目にしたもの・・・。


それは、かつて日本の短歌などが一度も出会ったことのない、いわば波長の合わない光景だったに違いないでしょう。


「ひょっとこ」の歌は、前書きでニュールンベルグ城でのことと分かりますが。これも、次の西瓜の歌も、当時としては短歌の波長からはみ出した、いわば八方破れの表現といわなければなりません。


茂吉の持ち前の旺盛な好奇心と、「出来るに従って漫然と書きつけた」肩ひじ張らない態度とが結びついた結果と言えるでしょう。

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