壁を考える
登呂遺跡(静岡)は、整備された水稲耕作地を持つ典型的な弥生時代の集落です。
その実年代はおおむね紀元前後とされており、ここでは建築遺肚として少なくとも13個の竪穴と、3戸分の掘立柱穴が発見されています。
・・・そのうち竪穴は中に4本の柱を立ててはいますが明らかに単室住居で、内外とも壁は存在しません。
壁がないのですから、もちろん外壁リフォーム技術がまだありません。
掘立式の方は、この遺跡の他、近接する山木遺跡(静岡)から出土した木材の加工方法や、各種資料等も参照し、高床の板壁を持つ倉庫(穀倉)として復原されています。
もっともこの外壁(この倉庫も単室で間仕切壁はない)は4周とも横長の厚板を垂直に立てて重ねたものです。
一見、横板張りの外観に似ていますが、四隅は板の端を切込んで互いに組合せた井籠型になっています。
柱はその井籠の外側に接して四隅に(壁の長い場合はその中間にも)立て、地中に埋った部分から軒桁の高さまで一本の木材を用い、その中間に仕口を作って床を架しています。