ベトナム経済ルポ「インテル」

インテルの現地法人代表、タン・チョン・フック氏は新聞にこう語っています。

「我々はホーチミン市の潜在的な成長力と、インフラを改善する政府の計画を検討し、うまくやることができると判断した」。

ここで事業展開している人々は、 ”ベトナムにいる利点は、根深いインフラ問題を軽く上回る”と主張しています。

利点の1つに、外国企業の投資を誘う大幅な免税措置があります。

これは、特に租利益率の低い電気製品のメーカーにとってはホーチミン市内の通りにはスクーターが溢れ返る魅力です。

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また、アジアの多くの工業地に1~2時間で着くという地の利もあります。

世界的な電機メーカーはアジア数カ国に部品工場を抱えており、工場間で親会社の注文を争う場合もあるので、この利点は大きいものです。

そしてもう1つの魅力。

それは8400万人の人口を抱えるベトナムの市場規模です。

ベトナム経済ルポ「投資」

ホーチミン市は、1976年に伝説的な共産党指導者の名前を取ってサイゴンから改名されました。

このホーチミン市が、急拡大しています。

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ピカビカのオフィスビルが相次いで建設され、新しい物件がかつての南ベトナムの首都を大きく広げています。

市の人口は年間数十万人ずつ増加中。

以前は静かだった通りを、今では野菜、テレビなどを積み上げたホンダ製スクーターが走り回っています。

それでもホーチミン市は、ベトナムに流れ込む新規投資の多くを引きつけます。

インテルは今年、同市の組み立て・検査工場への投資額を当初予定の3億ドルから10億ドルへ増額しました。

その結果、同社のベトナム投資額は中国やマレーシア、フィリピン向けの投資と肩を並べるようになりました。

このことは、インテルが市のインフラ問題を乗り越えられるという自信の証明です。

ベトナム経済ルポ「都市開発」

ベトナムの世界貿易機関(WTO)加盟を控え、経営者らは同国の輸出が2010年まで年間25%の増加を続けると予想しています。

この良いムードとは裏腹に、地元のエコノミスト、トラン・デュ・リーク氏は大問題に頭を悩ませています。

企業の進出が急増する中で、いかにホーチミン市が国内外の投資家に最も人気のある都市を機能させ続けるか、という問題です。

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ベトナムの都市計画に携わるリーク氏は、不安定な水供給や電力不足、混雑した港を心配しています。

しかし彼を最も悩ませているのは交通の問題。

電動スクーターを乗り回す数百万人の市民が車を買えるようになった時、一体どうするかという問題です。

交通の問題は怖いですよね。

きちんと都市が機能するためには、まずはこの問題が大きいです。

ベトナム経済ルポ「多国籍企業の進出」

アジアで中国に次ぐ急成長を遂げているベトナム。

近年ではアメリカのインテルなど、大手多国籍企業がベトナムの経済成長に乗って利益を上げようとしています。

そんな中、各社はベトナムのインフラ不備という問題に慣れつつあるようです。

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先日、アメリカの大統領がホーチミン市を訪問しました。

このことで、投資家の間ではベトナムが世界経済の中で重要な役割を果たすことになるという声が一段と高まりました。

その印象は大量の新規投資に裏づけられています。

インテルの計画では、10億ドルという巨額の資金を投じて半導体組み立て検査工場を建設することが決まっています。

ベトナムは今、中国やタイに代わるアジア製造拠点としての地位を固めつつあるんですね。

チャンパ王国

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『チャンパ王国』はベトナム中部沿海地方に存在した、オーストロネシア語族を中心とする王国です。

主要住民である「古チャム人」は、今のベトナム中部南端に住むチャム族の直接の祖先だそうです。

中国では、唐代まで『林邑』と呼び、一時環王国と自称していましたが、宋代以降は『占城』と呼んだそうです。

紀元前、ベトナム中部北端では青銅器に代表されるドンソン文化が栄え、中部沿海・中部南端では鉄器が中心のサフィン文化(沙黄文化)が広がっていました。

サフィン文化の遺跡から発見される遺物には台湾、フィリピンやタイ西部と共通するものが多いんです。

これは、マレー系の海洋民族である古チャム人(チャンパ人)の遺構ではないかとされています。

この王国の歴史は中国史料、チャンパ碑文、チャム写本に記録されています。

ベトナムの歴史 その2

前回は北部ベトナムの歴史でした。

今回は中部ベトナム地方について。

中部では、オーストロネシア語族系統の古チャム人が、ほとんどインド化されたチャンパ王国を形成していました。

やがて唐末五代の混乱で中国の支配が後退すると、939年に最初の民族王朝呉朝が成立します。
これ以後、越人の王朝「大越」が続いていきます。

大越は南のチャンパと抗争を繰り返しましたが、チャンパ領は14世紀に越都昇龍(タンロン)を2度攻略した制逢峨(チェーボンガー)の死後、内紛で割拠状態に陥ります・・。

1471年以降の大越黎朝(1428年~1788年頃)、またその諸侯である広南阮氏がこれらを各個撃破して南進。

広南阮氏はさらに17世紀にカンボジア領であったメコン川流域まで併合して、今現在のベトナム領土が完成しました。

ベトナムの歴史 その1

紀元前から北部ベトナムの紅河(ホンハー)流域一帯には東南アジアで一番古い青銅器文化として知られる東山(ドンソン)文化が広がっていたのです!かなり原始的な部族国家群でした~。
そして・・・・

これがいわゆる古越人(後のベト族)なんですよね~。

それとは別にですね、中国・紹興一帯を支配した越の末裔が、民族のルーツとも言われているのです。
はたして真実は・・・どっちなんでしょうね~。

秦始皇帝以後、1000年も中国からの支配を受けました。中国の歴史の3分の1も・・!
中国文化の影響とっても浸透はしたけれど、完全に中国化することはなかったよ。
ポリシーがあるんですね^^

ベトナムの国章

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ベトナムの国章は、東南アジアにあるベトナム社会主義共和国の国章です。
赤い地に黄色い星を掲げたデザインになっていて、共産党の象徴を模倣したものとなっています。
中華人民共和国の国章と少し似ているかもですね。

下部の歯車と、周囲を囲う稲は、共産主義における農業と工業の協力を表現しています。
この国章は、1955年11月30日に当時のベトナム民主共和国(北ベトナム)の軍章に採られたものであり、1976年7月2日の南ベトナムとのベトナム統合により、ベトナムの国章となりました。おめでとう!

ベトナムの国旗

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ベトナムの国旗は金星紅旗と呼ばれ、赤地に黄の星が描かれた国旗です。
旧ベトナム民主共和国(北ベトナム)が定めた旗を統合後も使っています。

赤は社会主義国によく見られる色で独立の為に人民が流した血、黄(金)は革命、星は社会主義の象徴、五本の光は労働者、農民、兵士、青年、知識人を表現します。

☆が社会主義の象徴なんですよー。
こんなに色々な意味が含まれているんですね^^

サイゴン大教会

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サイゴン大教会は、ベトナムのホーチミン市1区にあるキリスト教・カトリックの大司教座大聖堂です。
聖マリア大聖堂とも呼ばれています。

サイゴンがフランスの植民地だった1863年から1880年にかけて建設されました。
フランス植民地時代に建設されたもので、ネオ・ゴシック様式の教会なのです。

カトリック教徒も多いベトナムにおいては休日のミサともなれば沢山の敬虔なホーチミン市民によってごった返し、入りきれなかった信徒が建物正面の広場にも溢れかえるほどだそうです。カトリック教徒多いんです。その建物の荘厳さから普段は、観光地としても人気があります。
教会に行くとホッとしますよね^^

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